私たちのものづくりに共感して頂いた各分野のプロフェッショナルとともに、こだわりや思いを詰め込んだ「長く愛用できる道具」をカタチにするプロジェクト「PRO CRAFT」。vol.5のプロフェッショナルは、プロダクトデザイナー秋田道夫さん。
前編では、Nothingシリーズとしての新たな形、リュックの開発に至るまでのストーリーをお届けしました。
今回の後編では、完成した商品の詳細をお届けします。
「Nothing リュック」が完成しました
これまでのNothingシリーズで、秋田道夫デザインのポイントを掴んだことや、秋田さん自身も、革を使ったプロダクトデザインに慣れてきたということもあって、今回は、かなりスムーズに形にすることができました。最も技術的に難しい、フラップの開閉構造や、開口部の形状も、「Nothing スマホバッグ」で既に製作を経験していたため、高い完成度で仕上げることができたと思います。
強度がありながら柔らかみもある上質なカナディアンキップレザーを採用した、第一弾のNothingトートに通ずる「かたやわらかい」蓋部分のフォルム
薄マチの箱形というリュックではかなり珍しい形状で、フラップもジッパーや留め具が使われていません。それだけで、とても新鮮な形に見えます。フラップが表面をキレイに二等分しているのがデザイン上のポイントになっています。上部にハンドルが付いていて、手提げとしても使えるのは、ビジネスリュックとして、ブリーフケース的にも使えるようにという配慮でもあります。
マグネットを革で覆った“見せる”デザイン
内装は光沢感のあるベージュを使用し、視認性を良くしました。内部を覗き込むとカードケースなど収納できるオープンポケットが見えます
フラップはマグネットで留められていて、簡単に開きます。上方にはね上げるように開くと、中は、前面が切り取られた形になっていて、中にアクセスしやすくなっています。このあたりの構造は「Nothing スマホバッグ」と同じですが、このリュックでは、内側にポケットが用意されていて、バッグの底にあると出し入れしにくい小物類を入れておけるようになっています。そのポケットの上方には秋田さんによる手描きサインをプリントしたタグが付いています。
背面の背中に当たる部分のパッドのキルティングが真っ直ぐ縦に走っているのは、秋田さんの指定によるもの。縦のストライプが、スリムさ、シンプルさを強調する、秋田道夫デザインの信号機の背面と同じく、見えないところにも気を配ったデザインです。また、ストラップは細身ながら、しっかりとクッションが効いているので、重い荷物を入れても肩への負担が軽減されます。
ストラップはバッグ下端に付けられた三角のパーツに固定されています。これによって、背負いやすく、またバッグが背中にぴったりと収まるようになっています。この辺りは、私たちのビジネスリュック製作の知見が生きています。バッグを快適に持ち歩くという部分は、しっかりと作り込みつつ、使う人の背筋が自然と伸びるような、モノとしての緊張感を持たせる、秋田デザインのバッグらしい仕上がりになりました。
秋田さんが実際に使ってみました
「これ、一見、カッチリして固そうなので、重く見えるんですけど、荷物入れて背負ってみると、かなり軽く感じるんです。フォーマルな見た目なのに軽いというのはいいですね。この上質な革ありきでデザインしているから、しっかりとした革の質感を出すには、よりカッチリした形の方がいいというところは自動的に決まっていきます。それで、第一弾、第二弾と作ったことで、徐々に尖ったところに攻め込める感じになったんでしょうね。ようやく、革で遊べるようになりました。その意味では、「Nothing」の総決算と言いますか、これを出せたから次に進めるという気がしています」と秋田さん。散歩がてら、カフェに読書をしに行くといった時には、このリュックを使うと思うとも仰いました。
「このバッグ、背負っている人は、中のものを出し入れする場合、一回下ろして、机とか台の上に載せる必要があるんです。電車の中とかで、座っていても台がないとフラップが邪魔になって、モノが取り出しにくい。そのために内側にポケットを付けてもらったんですけど、それも、便利にするためというより、やっぱり所作というか、バッグの中にモノを入れる、取り出すという手順の中に、自分の気持ちを高める要素というか、出かけるぞ、とか、人と会うぞ、という気持ちを込めて欲しいというデザインなんです。少し手間がかかるからこそ、適当には入れられないんですよ」と、秋田さんは、実用性と「Nothing リュック」の間にある、ある種の緊張感の効用について話してくださいました。
秋田さんからユーザーへのメッセージ
今回の「Nothing リュック」は、最初の「Nothing トート」の時と同じように、私のわがままをそのままトライオンさんが形にしてくれたものです。二階建てにしておけば、上り下りも便利だし実用的なのに、強引に四階建てを作っちゃったみたいなバッグなんです。そこに、ハンドルとかポケットを付けて、三階には降りやすくしましたって言って。非常階段はつけてますみたいな感じを狙いました。
だから、ハンドルもちょっと引っ込めることが出来るように隙間が作ってあったり、ポケットも一個だけで、外側には付けないようにしたりと、機能が佇まいを崩さないように考えています。
秋田さんのオフィスに並ぶNothingシリーズ。秋田さんが描いたアートにも馴染む佇まい
ただ、一方で、角が当たっても痛くないとか、背中に当たる部分やストラップのクッション性、フラップの開閉のしやすさといった、触覚部分の優しさにはとても配慮しました。また、端正な佇まいをしっかり維持できるルックスにもこだわっています。自分のわがままで作るにしても、あまりユーザーの皆さんに無理をさせたくはないし、自我を押し切りたくはないというのはとてもあるんです。そのような皆さんに対して、でも、ポイントポイントでは少し譲ってね、というところがあって、さっきも言ったように二階建てだったら便利だよなというところを四階建てにしてしまったりはするんです。
やっぱり、緊張感を持って使ってもらいたいと思うし、そういう「躾のデザイン」を考えてはいるのですが、それを理解して頂いた上なら、いくらでも気軽に使って欲しいとも思っています。それこそ、私はデニムのジャケットにこのバッグを合わせたいと思っているし、必要ならギュウギュウにモノを詰め込んでもいいと考えています。それができる柔らかい革を使っているわけですから。
新しいグローブを買ったら、まず縛ったり、揉んだりして馴染ませるじゃないですか。革製品というのはそういうものだと思うので、バッグの佇まいや緊張感は大事にしてもらった上で、バッグに自分を合わせるのではなく、自分にバッグを合わせるように使ってもらえると嬉しいですね。
秋田道夫さんとのコラボによるバッグも、トート、2WAYバッグ、スマホバッグ、今回のリュックで「Nothingバッグ」としてのラインナップが揃いました。
機能性よりも、物をいかにシンプルに潔く持ち運ぶか、そのデザイン哲学から生まれたNothingバッグ。私たちとしても新たな挑戦となったラインナップとなりました。
使い勝手だけを追求すれば、確かに使いづらいアイテムかもしれない。けれど、秋田さんが「躾のデザイン」と呼ぶその佇まいや潔さは、日常の中のアクセントになり、持つことで背筋が自然と伸びる、そんなアイテムに仕上がったと思います。