私たちのものづくりに共感して頂いた各分野のプロフェッショナルとともに、こだわりや思いを詰め込んだ「長く愛用できる道具」をカタチにするプロジェクト「PRO CRAFT」。vol.3のプロフェッショナルは、プロダクトデザイナー秋田道夫さん。
前編では、vol.2から発展した秋田さんのアイデアや、開発に至るまでのストーリーをお届けしました。
今回の中編では、具体的な開発の道のりをお届けします。
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トライオン、ファーストサンプルを作る
秋田さんからのスケッチとアイデアを頂いたら、次はトライオンの仕事です。
「縦型トートバッグ」に関しては、基本的な構造は「Nothing」と同じなので、製法も同じやり方が使えます。ただ今回、縦に長いので、「Nothing」の特長のひとつでもある、何も入っていない状態で自立するという機能を実現するために、秋田さんが指定した8センチのマチ幅では足りないことが分かりました。「そこはマチ幅をNothingと揃えるというよりも、自立する方を優先して、少しマチ幅を大きめにしています」と製作担当者。
実は、秋田さんとのコラボレーションを通して、トライオン側にもひとつの目論見がありました。それは、トライオンのミニマルなバッグの原点でもある「マチ無しのAシリーズ※」を越えるようなバッグを作りたいということ。だから今回、秋田さんが提案したハンドルの形状や、ユニセックスに使えるミニポーチ的なものといったアイデアは、今後のトライオンの製品作りにも役立って行くものなのです。
※Aシリーズとは、DOCUMENTシリーズの前身となるシリーズ名のこと。
「スマホバッグ」の製造のポイントになったのは、マグネットで留まるフタの設計。マグネットの位置や、締めた時に箱っぽさが出るようにすることなど、実際に使ってみないと正解が出せない部分が多く、まずは形にすることから始めました。悩んだのは、内グリの大きさと、角の丸み具合ですが、ここも、まずは作ってみないと始まりません。製法的には特に難しいことはなく、むしろ、量産を考えた上で、精度をどのくらい上げられるかがポイントになると担当者は感じたそうです。
秋田道夫、ファーストサンプルを手にする
前回のコラボで、お互いの技術やこだわりのポイント、革の性質などのコンセンサスが取れていたこともあり、ファーストサンプルでほとんど問題がなかったと秋田さんは言います。
「あとは、ほんとうに細かい部分ですね。今回は、自分が使うというより、色んな方に使ってもらいたいということを主に考えた製品なので、使い勝手を検証しました。といっても私ですから、持ち歩いて気持ちいいかとか、使っていてストレスになるところはないかとか、そういうふわっとした部分ですけど(笑)」と秋田さん。
「縦型トート」のハンドルは、形状的には「Nothing」のタイプが十分キレイだし、使用感も悪くなかったのですが、秋田さんには気になる点がありました。
「私が普通に使う分には何の問題もないというか、むしろ快適なのですが、重いものを入れると、ちょっと手が痛いんですよ。そこで、持つ部分を平たくしてもらったんですけど、これは正解でしたね」と秋田さんは満足そうです。マチ幅が少し広くなった点も、縦横比とのバランスがむしろ良くなったとのことでした。
「スマホバッグ」については、やはり内グリの深さや、角の丸み加減は気になったようで、細かい修正が入りました。さらに、フタを開けて手を突っ込んでスマホを取り出す、反対にスマホを仕舞う、その両方の動作が快適に行えるポイントを探ります。その結果、マグネットの位置をフタの端にぴったり揃えると、開ける時に爪で本体に傷をつけやすいことに秋田さんは気がつきました。そこで、3cmほど余裕をもたせるようにという指示を出します。
最終サンプルに向けて
次のセカンドサンプルで、ほとんど問題はなくなったと感じていた秋田さんですが、実際に「縦型トートバッグ」のサンプルを手にミーティングを行っている時に、ふと気がついた点がありました。
「これ、ショルダーストラップが無いと、とても形がキレイだよね」と言いながら、秋田さんは、ストラップをバッグの内側に隠すようにして、スタッフの前に置きます。
「確かに!」という声が一同から上がりました。しかし、これは難しい問題も孕んでいます。形としては、ハンドルが無い、またはストラップが無い方がキレイなのです。また、その方が「Nothing」的だし、秋田的でもあります。「オードリー・ヘップバーンみたいなものかもしれませんね」と秋田さんは言います。元々が美人だから、何かをするとそれが余計になってしまうということです。
しかし一方で、両方付いている方が便利なのは間違いありません。商品としてのセールスポイントにもなるでしょう。
「スマホバッグの方は秋田感がすごく強い。でも、縦型の方はどこか振り切れてないという感じがします」とスタッフの一人が言います。
「最初に言ってた”Anything"だったら、ハンドルとストラップの両方付きはありなんですよね。でも、そうすると今後の展開で大元のコンセプトも揺らいでいくような気がします」と秋田さんも言います。そうして出た結論は、着脱式のストラップにするというものでした。内側に金具を付けて外側にリングが見えたりしないようにします。
そこでトライオンからは、外側にはなるべく小さな金具しか出ないようにして、それも黒く塗るという方法が提案されました。また、内側でいったんベルトを通して留めるアイデアも、トライオンならではのものです。
秋田さんも、転んでもタダでは起きません。さらに面白い提案をします。
「どうせ、外側にも金具が付くのなら、いっそ、それは大きくしてデザインとして見せてしまうのはいかがでしょう」と言うのです。これは、秋田さんがデザインした歩行者用信号機でも使った方法で、信号機はメンテナンス用に本体が開くようになっているのですが、そのためには蝶番が必要になります。これを秋田さんは隠せないならと、むしろ大きくしてデザインの一部にしてしまったのです。
すごいアイデアなのですが、さすがにそれは、新しく金属パーツをデザインしなければならないし、特注品として作る必要があります。そこで、今回は目立たなくする方法が取られることになりました。そんな議論を経て、いよいよ、最終サンプルまでたどりついたのは、プロジェクト開始から約7ヶ月。しかも発売日は目前です。
大阪にあるトライオンまでご来社いただき、サンプルを手にしながらじっくりと修正箇所のすり合わせを行うことで一気に進んだ商品開発。
後編では、いよいよ完成アイテムのご紹介をさせていただきます。お楽しみに!
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